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「旅さがし」
 GCトラベルでは「旅探し」をテーマに旅行コンサルタントの海山栄先生に旅を楽しく、意義あるものにするために、いろいろお話を聞く欄を設けました。 皆様からの質問もお待ちしています。 (お名前・年齢・お住まいの地域もメールでお知らせください)

 

アジア人が最初にグローバル化を行った

-人類の歴史で最初のグローバル化を行ったのはモンゴル帝国ですか?

海山栄:そうですね。アジア人が最初にグローバル化を行いました。ユーラシア大陸に広大な帝国を築きました。東ヨーロッパ、アナトリア(現在のトルコ)、シリア、アフガニスタン、ミャンマー、中国、朝鮮、モンゴル、ロシア、などです。モンゴル帝国を人類の歴史の中でより深くその価値を見なおして見る必要があります。今年は遊牧民と関係の深い梅棹忠夫の生誕100年です。

―梅棹忠夫とはどんな人ですか?

海山:彼は生態学者、民族学者でエスペランチストです。理系から学問を始めましたが歴史や文明に詳しいです。1957年中央公論に「文明の生態史観序説」を発表しました。非常にユニークな見方をしてヨーロッパと日本はユーラシア大陸の東と西の端にある。16世紀までほとんど交流はなくそれぞれの歴史を歩みましたがその発達の結果は非常に似ていると述べています。

―どんな点が似ていますか?

海山:ヨーロッパと日本には封建時代があり、君主のもとにいる諸侯が土地を有してその土地の人民を統治します。君主は土地の保護、すなわち防衛をします。諸侯たちはこの権利を君主から得ますがその代わりに貢納(貢物を収めること)や軍事奉仕が義務づけられています。諸侯に仕えるのが騎士で日本の江戸時代には幕府から禄(収入)を与えられた藩主である大名と藩士である武士が存在しました。

ー梅棹忠夫のユニークさはどこから来たのですか?

海山:驚いたことに彼は太平洋戦争が終わった年に半独立国家の蒙古自治邦の首都、張家口にいました。張家口は現在中国の河北省に編入されていますが彼はここでモンゴルの牧畜の研究をしていました。ソ連軍が攻めてきたのでそこから苦労して貨車に乗り北京を通り、4日後に天津にたどり着き奇跡的に無事に日本についたということです。モンゴル高原は世界最大の大草原ですがそこで活躍した遊牧民やその牧畜の研究と彼の師である今西錦司などの影響から独特な理論が生まれたと思われます。

(次回は7月19日)

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北アイルランドのベルファストでの世界エスペラント大会(3)

―アイルランド人とジャガイモは親密な関係ですね。

海山栄:17世紀にジャガイモを主要な作物として受け入れました。アメリカインディアンがこれをトウモロコシとともに育てた作物ですからコロンブスのアメリカ大陸到着後にヨーロッパに知られました。ジャガイモがどのようにアイルランドに入ったか詳しいことは分かりませんが1590年代にウオーター・ローリー卿がアイルランドのヨールに所有した農園にジャガイモを持ち込んだという話があります。ローリー卿は女王・エリザベス1世の寵臣でアイルランドで起こったデズモンドの反乱の鎮圧に功がありこのヨールの土地を得ました。18世紀にはヨーロッパで初めてジャガイモが主食になりました。

―なぜアイルランド人はジャガイモがを主食として受け入れたのですか?

海山:ラリー・ザッカ―マン「じゃがいもが世界を救った」によればアイルランドの土壌、気候、生活条件に非常に適していたといいます。生活条件は貧困が最大の要素ですがそれは後にして気候についてはジャガイモの原産地である南米のアルチプラーノ地方より適していたようです。湿度の高い天候、雨の多い地域がジャガイモには良いようです。アイルランドは雨に恵まれていて年間平均雨量は西部で1520ミリ、南西の沿海部ではさらに多い2030ミリです。またアイルランドの西部はメキシコ湾流のおかげで緯度のわりに冬と春の気候が穏やかに推移し7月や8月の気温も摂氏12度から18度でで生育の期間が長く遅くまで続きます。ジャガイモを育てるのに恵まれた環境なのです。

―ジャガイモがアイルランド人に好まれたのは他にも理由がありますか?

海山:一部のアイルランド人はカラスムギから作られたパンを食べていましたがジャガイモを食べるようになります。カラスムギより調理が簡単で脱穀も乾燥も必要ありません。カラスムギから粥を作っていましたがそのためには大鍋が必要でしたがそれも必要ありません。アイルランド人の家庭は貧しいため什器が極端に乏しかったのです。キッチンの典型例はジャガイモを茹でるための鍋一つ、粗末なテーブル一つ、三脚の椅子数個、包丁一つ、皿数枚、スプーン数個、これだけです。

―ジャガイモを調理する燃料は十分にあったのですか?

海山:樹木は樽の製造のために乱獲され、材木は不足しました。石炭は18世紀に入ると姿を見せ始めましたが豊かな家庭は石炭を使いましたが一般のアイルランド家庭はこの国独特の泥炭を使いました。これは豊富にありました。ターフでという名前の泥炭は沼地から掘り出しました。泥炭とはしなびてパルプ状になった苔です。シャベルで掘り出して地上に広げて天日干しにしますがこれは農民にとって重要な仕事でした。

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われわれホモサピエンスという人類は、アフリカに誕生して、時間をかけて長い旅をしてきました。ヨーロッパ、インド、中国に、そしてユーラシアの東端、日本に住み着いたのが日本人です。。旅への欲望はわれわれの遺伝子の中に組み込まれています。 われわれの祖先はこのような長い旅をした後、世界各地に住み着きました。そして異なった文化を発展させたのです。  (続きを読む)
※ヨーロッパを旅する  アジアの文化はずっとヨーロッパの文化より進んでいました。しかしヨーロッパ人が世界に進出を始めて大きな画期をなしたのがコロンブスです。イギリスから始まったヨーロッパの産業革命は世界の中心がヨーロッパであるというイメージを人々に与えました。日本はヨーロッパの植民地にならないためヨーロッパの文明を学ぶことを決心したのが明治維新です。  明治維新から150年、この近代の日本と現在の世界を理解するためにはヨーロッパを旅することが望ましいのです。その中で現在ドイツの前身であるプロイセン、日英同盟のイギリス、エッフェル塔のフランスの3カ国からは大きな影響を受けました。  GCトラベルのホーム頁にモデルプランを掲載しております。参考にされ、お問合わせをお待ちしております。
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