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「旅さがし」
 GCトラベルでは「旅探し」をテーマに旅行コンサルタントの海山栄先生に旅を楽しく、意義あるものにするために、いろいろお話を聞く欄を設けました。 皆様からの質問もお待ちしています。 (お名前・年齢・お住まいの地域もメールでお知らせください)

 

(6)ウィーン―フランツ・ヨーゼフの時代

―フランツ・ヨーゼフ皇帝は1848年から1916う年まで帝位にあったのですね。

海山栄:そうです。この期間は世紀末を含み、文化が美しく花開いたのです。絵画、音楽、文学、建築が中心ですが経済や法学も20世紀をリードすることになる偉大な人を生みだしたのです。オーストリア帝国の蔵相を3度も務めたのちウィーン大学教授に戻った経済学者のボエーム・パベルクとかシュンペーターなどです。

―フランツ・ヨーゼフの時代よき時代だったのですか?

海山:ボエーム・パベルクはマルクス主義の矛盾を述べたそうですがこのゼミで「金融資本論」で有名なヒルファディングなどのマルクス主義派が堂々と議論をするという自由な雰囲気がありました。それが偉大な人々を生み出すことにつながったのでしょう。

―シュンペーターとはどんな人ですか?

海山:オーストリア=ハンガリー帝国のモラヴィア(現在のチェコ)に生まれた経済学者です。1883年生まれで、同じ年に生まれたイギリスのケインズとともに20世紀を代表する経済学者です。ナチスが台頭してきた1932年にアメリカのハーバード大学に招かれて教授として活躍します。資本主義の強さは起業家のイノベーションによるところが大きいことを主張します。新製品、新しい製造方法や新しい消費者の発見などによって従来の方法を変える。それが経済の成長をもたらすことを述べました。今は,デジタル化、脱炭素、コロナ禍に関することなどのイノベーションが世界の関心の的です。

―音楽の都、ウィーンではワルツが生まれたのですね。

海山:ナポレオン戦争が終了しウィーンで講和会議が開かれ、その時から流行し、ヨーロッパ全体に広がりました。ウィーン・フィルハーモニーの元日コンサート今も毎年行われますが必ずシュトラウス父子が作曲した二つの非公式国歌「美しき青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」で終わります。

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アイルランド(18)

―レーガン大統領の曾祖父の故郷(1)

―アイルランドからの移民の中からアメリカで大統領になったのはケネディだけですか?

海山栄:ロナルド・レーガンがいます。彼の曾祖父もアイルランド出身です。彼の名前はマイケル・オリーガンで1824年生まれでアイルランド南西部のマンスター州出身です。バリポリーン村での生活は羊とともに土間に寝る赤貧の生活だったといいます。マイケルは地元の娘とイギリスのケントに行きそこで名前をオリガーンからレーガンと改めます。そして1856年にアメリカに渡っています。マイケルの長男ジョンはケントに生まれまいたがアメリカで結婚し結核で1889年に亡くなります。わずか35歳で、妻もまた同じころに死亡しますのでロナルド・レーガンの父ジョン・エドワード・レーガンは孤児になります。当時6歳でした。そして親せきを頼って成長します。

―ケネディ大統領とレーガン大統領の子供時代の家庭環境は大きく違いますね。

海山:曾祖父がアイルランドからの移民というのは同じですがケネディの祖父パトリック2世は酒場の経営で成功し、マサチューセッツ州の下院議員になりますがレーガンの祖父も祖母も結核で亡くなっています。ケネディの父ジョセフは事業家として成功し大富豪となり英国大使にまで登りつめますがレーガンの父ジャックは勤勉ではありましたが飲酒癖に陥り、母親は苦労したようです。しかし父はカトリック教徒として、アイルランド人として差別されて育ったのでユダヤ人や黒人への差別は嫌いました。

―母親はどんなでしたか?

海山:レーガンの母親ネリは父ジャックと同じ年に生まれ、イングランド=スコットランド系の敬虔なプロテススタントの家庭に育ちました。彼女の父はこの結婚に反対でしたが字ャックの話術と美貌にひかれたといいます。1908年兄の愛称ムーンが1911年には愛称ダッチのロナルド・レーガンが生まれました。母のネリは朗読を愛し、戯曲も自ら作り、ダッチもこれを見習っいました。母親に伴われ地元の病院で朗読し,賞賛される経験もします。12歳の時プロテススタンの教会で洗礼を受けます。母は常に楽観的で貧しいものや弱いものへの奉仕を忘れなかったといいます。教会を通じて社交性を身に着け、母親譲りの楽観主義、父親譲りの話術と美貌で朗らかに過ごしたといいます。

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※ヨーロッパを旅する  アジアの文化はずっとヨーロッパの文化より進んでいました。しかしヨーロッパ人が世界に進出を始めて大きな画期をなしたのがコロンブスです。イギリスから始まったヨーロッパの産業革命は世界の中心がヨーロッパであるというイメージを人々に与えました。日本はヨーロッパの植民地にならないためヨーロッパの文明を学ぶことを決心したのが明治維新です。  明治維新から150年、この近代の日本と現在の世界を理解するためにはヨーロッパを旅することが望ましいのです。その中で現在ドイツの前身であるプロイセン、日英同盟のイギリス、エッフェル塔のフランスの3カ国からは大きな影響を受けました。  GCトラベルのホーム頁にモデルプランを掲載しております。参考にされ、お問合わせをお待ちしております。
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